きみがのこした世界にて



・使用フレーズ「駆け抜けたその先には」








「サヨナラ……!」
 そういってやつは飛び立った。唖然としている私を置いて。
 けど彼にかける言葉もなかったのは事実だ。彼の信じていたもの全てを否定され、実の父親からバケモノと罵られたその気持ちは、私の想像より遥かに辛いと思う。だから気安く声をかけられるものではなかった。
 青い空へと消えていく彼を見て、なぜだか涙がにじんだ。そして飛び立った場所から叫んだ。
「N! えーーーぬーーーーーーー!!!!」
 彼の姿と共に、私の声は消えていった。



 半年後、私はライモンシティをぶらぶらしていた。
「もしもし、ベル? うん、チェレンなら昨日も会ったよ。うん、解った。今週土曜日に遊ぼうね」
 突然鳴ったライブキャスターを切り、元のところにしまう。
 Nと別れてから、私の目標はなくなってしまった。Nがいた時は、彼が率いるプラズマ団から人々を守ったり、ジムリーダーと協力してきた。
 がんばった甲斐もあってプラズマ団は解散し、Nは行方不明。ポケモンたちは生活を脅かされることなく過ごすことができる。ライモンシティに遊びに来る人たちは笑顔で自分の思い思いのポケモンを連れている。
 Nが変えようとした世界。けれど変わらなかったこの世界。プラズマ団のことなんてみんなの記憶から薄れてる。もしかしたら、もうそんな事件あったねくらいに風化してるのかもしれない。そのくらい、いつもの風景だった。

 何も変わってない。

 誰がこの世界のおかしさを指摘しようと、誰がこの世界を変えようと行動しても、結局は何も変わらない。どんなに騒いでもプラズマ団が見えなくなったら、誰も行動しようとしない。
 以前はアデクさんが言っていたことを心配していた。第二、第三のNが現れてプラズマ団と同じように人々を惑わす、と。結局それは杞憂にすぎなかった。
 もしかしたらポケモンと人間を引き離したくないという私がその一因なのかもしれない。私自身は今でも離れたくないと思ってるし、この行動に後悔なんてない。離れてしまえばいいとは思わないけど……。
 でもなにか違う。言葉にできないけど、あんな大きな事件があって、それでも変わらない世界は何か違うと思う。だって私はこんな世界のためにがんばったわけじゃないよ!

 走り出しても胸の内が晴れることなんてなかった。なんでこんなことが悲しくて悔しいのか解らない。けどそうしなきゃ泣いてわめいて叫んでいたと思う。
 人ごみも押しのけて走った。風が強く、帽子が飛んで行きそうだ。巨大な建物の前で足を止めた。駆け抜けたその先には空に咲くひまわりみたいな観覧車。Nは私にこの観覧車の中でプラズマ団の王様だと告げた。今、見上げたひまわりは相変わらず回っている。家族連れやカップル。事情は様々だがあの時となんら変わりがない。変わったのは今、こうして走っている私なのかもしれない。
「おや、英雄が一人でどうしたんだい?」
 ひまわりを見上げていたのは私だけじゃなかった。もう一人いた。長身で少し変な人。この人にそう言ったら失礼だ。これでもヒウンシティのジムリーダーなのだ。そう、アーティさん。他にもデザイナーとして活躍しているって聞いた。
 私たちはアーティさんに二度も助けられた。一度目はヒウンシティで、二度目はNの城で。物言いはふざけているように聞こえるけど、凄くまじめな人だ。
「特に……アーティさんこそ観覧車なんて見上げて楽しいんですか?」
「んー、僕は次のデザインをちょっと考えてたよ。シッポウシティの古風な感じもいいんだけど相手がカミツレだからね」
 アーティさんの方が年下みたいだった。観覧車を見上げて、その先にあるデザインを考えてるんだろう。
 この人もそういえば変わらないな。ヒウンシティのジムリーダーで、デザイナー。その仕事ぷりは以前よりも活発だと聞いた。
 そんな意味では腕を上げたことが変わったことかな。けどそれだけ。
「アーティさん、プラズマ団覚えてますか?」
「懐かしいな。彼らを見かけなくなって久しい」
 あれだけプラズマ団に関わったアーティさんでさえ、そんな意見なのか。そんなものなのかな。私だけがずっと覚えてるのか。
「そういえばきみの活躍を聞いたよ。逃げた七賢人をもう4人も捕まえたんだって?」
 どこからそういう情報は漏れるのだろう。ジムリーダーだから伝わるのかもしれないけれど。
 そして捕まえようと思ってその場に行ったわけではない。確かに彼らを捕まえるのに協力して欲しいとは言われたけど、意気込んで捕まえようとしてるわけではないのだから。
「たまたまその場にいったら彼らがいただけです。私は特に何にもしてない」
「うーん、そうか。きみにはそういう人がいそうなレーダーみたいなのが発達しているのだね」
 将来は警察になったらどうかなとアーティさんは言う。プラズマ団の一件は誰もが認めていると。
「アーティさんはプラズマ団をどう思いますか?」
「んー、そうだねえ」
 観覧車から目を離した。私の方を向いてしばらく黙る。
「語弊があると思うけど、ぼくが見た限り、巨大な爪痕を残したように思えるね」
 この人は何を見ているのだろう。何も変わっていないし、プラズマ団は何も変えていかなかったのに。
「何も変わってないのに?」
 つい私は聞いた。アーティさんのまゆげが動いた。
「うーん、何も変わってないように見えるのかい?」
「はい。プラズマ団が起こした事件とか、主張とか。そんなの半年も経てば何処吹く風です」
 またアーティさんは黙った。私の目を見て困り果てた顔をしていた。
「そうかなあ。少なくとも、ぼくには変わったように見える。誰もがポケモンとの関わり方を見直して、大切にしていると思うよ」
「そんなの前からじゃないですか。いい人たちはいい人、ポケモンを大切にしない人は前からいますし今もいます」
 なぜ私はアーティさんに噛み付いてるのだろう。早口で反論したら、アーティさんはまたしばらく黙った。
「そりゃあ、目に見える部分はそうだろうねえ」
 アーティさんは頭を掻いた。困った子供を相手にしたとでも思ってるのだろうか。
「ぼくにはプラズマ団が引き離すって宣言してからは違う風景が見える。今までいることが当たり前だったのに、みんなポケモンがいなくなったらどうなるか想像して不安になっていたよ。それでも誰かにプラズマ団を止めて欲しいってヒウンシティの人たちは言ってた。それからヒウンシティは変わったと思う。プラズマ団はポケモンと引き離すことはできなかったけれど、ぼくたちの生活を明らかに変えた。そうだね、なんだか穏やかになったと思うんだ。みんなにポケモンを愛するように、プラズマ団は強引だけど仕向けて来たと思ったよ」
 こじつけみたい。私はそう思った。
「きみはなんでそんなに変わることに固執しているの?」
 アーティさんの言葉に私は何も言えなかった。そうではないと否定できない。私は何か変わっていなきゃいけないと思い込んでいるのかもしれない。
「流行もどんどん変わっていくね。毎日みてないと追いつけないよ。でもね、変わらないことだってあるんじゃないのかな。ぼくはきっとデザイナーとして仕事をしなくなっても、ずっとデザインを考えていくと思う。それは変わらないかな。変わってばっかりじゃきっといつか行き詰まってしまうよ」
 アーティさんの長い手が空を指した。今日の雲は流れが速い。
「ぼくにはどうしてか、きみが雲みたいに何かに焦ってるように見える。雲は留まらないけれど、空に浮かぶことは変わらないじゃない? それなのに今日の風に乗って急いでどこかに行く。きみは、きみを乗せる風が消えたことが腹立たしいのではないのかい?」
 私の心が爆発するかのように痛かった。
 認めたくなかった。絶対に認めるものかと思った。プラズマ団を名乗ってイッシュどころか世界全体を混乱させようとしたNが消えたことが面白くないなど。
 付き合いは他の友達と比べてかなり短いけれど、確かに私の友達だった。それなのに勝手に消えて……。
 でもイッシュや他の人たちから見れば、Nはこのまま消えてくれた方がいいのだ。そちらの方が平和だし、事実プラズマ団が消えてからイッシュはとても穏やかだ。
 Nは最後に実の父親であるゲーチスからバケモノと罵られて、顔色一つ変えなかった。まさかそんなことを言われるとは思わなかったのだろうし、何より表情の変え方が解らなかったようにも見えた。そんなNが勝手に私の目の前から消えるなんて……許せない哀しい私を頼って寂しいどうして……。
「きみはチェレンくんとベルちゃんと幼なじみなんだってね。イッシュ全体からみたら彼は犯罪者だけれど、きみにとっては大切な友人の一人なんだね。仲のいい友達が目の前から消えることがほとんど無かったから、許せないところが大きいんだよ」
 なぜアーティさんはここまで私の心が解るのだろう。私は何も話していないのに。
「ぼくもね、大切な友人が何も言わずに消えてしまったことがあってね。きみみたいに許せなくて八つ当たりした時があったんだよ。そんなときに似ていたなあって思い出したよ」
 そうか。アーティさんもそうやって今ここにいるのか。
 飄々としてどこかつかみ所がなくて、ただの自由な人だと思っていたけど。アーティさんがそんなことを体験したようには思えなかった。
「そういえばチェレンくんもベルちゃんも元気かい?」
「え? あー、チェレンとは週一回くらいで会ってますし、ベルとはたまに会いますね」
 そう口に出した時に気付いた。
 カノコタウンにいるときはほぼ毎日一緒だった二人は、旅に出てから会う頻度が下がってる。あんなに仲良く毎日三人で遊んでいたのに、今ではたまに会う程度。
 旅に出ている時はプラズマ団と一緒に戦ったり、盗まれたポケモンを取り返したり。一緒になることもあったけど、ほとんどは一人で歩いていた。
 どんなに親しくても、人はそうして離れていくんだ。ずっと一緒にいることはない。そうして変わっていく。
 けれどどんなに離れていても、私はチェレンもベルも大好きだ。カノコタウンにいたときと同じように大好きだ。それは変わらない。この先、ずっと変わらない。
「そうか。きみたちとまた戦ってみたいものだね。最近はデザイナーの仕事が多いけど、一段落したら」
「そうですね、アーティさんとまた戦ってみたいと思います」
 私はずっとプラズマ団は何も変えなかったし、Nは結局何もできなかったと思っていたけどそうじゃなかった。
 チェレンとベルは、プラズマ団と戦うことで一層離れがたい友達になってきた。
 プラズマ団は変えた。私たちの人間関係を良くも悪くも。
「暇な時にライブキャスターで呼んでくださいね! 私はさらに強くなって帰ってきますから!」
 私はまた走った。でも気分は軽い。
 変わってないもの、それは私にはポケモンたちがいるということ。それを変えないために戦ったから、今がある。Nが変えたのはほんの少しだったかもしれない。けれど確実に私の世界を変えた。
 今日のライモンシティは風が強い。














【002】
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