・使用フレーズ「振り向けばそこにはドヤ顔が」
ぽかぽか陽気の昼下がり、今日もポケモン達は元気に生活しています。ほら、あそこのアイアントも、友達と話し込んでいますよ……。
「ねえねえみんな。僕さっき、きのみを見つけたんだ。一緒に食べないかい?」
「きのみか、悪くないな」
「なんのきのみなの?」
「それは着いてからのお楽しみさ。先に行ってて、僕は他のポケモンを呼んでくるから」
アイアントがこう言うと、さみしがりなタツベイと、特性がしゅうかくでのんきな性格のナッシーはきのみがある場所に行きました。
それから、アイアントは他のポケモン達も誘いました。くいしんぼうでずぶといツボツボ、きんちょうかんがあっておくびょうなメスのバンギラス、そしておっとりしたドータクン。バンギラスはこだわりスカーフを、ツボツボはたべのこしを、ドータクンはラムのみを持っています。そしてみんなを呼んだアイアントは、待ち合わせ場所へ最後にやってきました。素早いアイアントが遅かった理由は、なぜだかうまく走れなかったからです。
ところが、着いてみたらみんなの様子が変です。輪になって何かを囲んでいるみたい。輪の中にいるのは、目を回したタツベイと、赤い芯のようなきのみでした。そこは木々や茂みに覆われた中の開けた場所で、あちこちから甘い香りや苦そうな匂いなどが漂っています。
「あ、タツベイ! 一体何があったの?」
アイアントが尋ねると、ドータクンがジェスチャーを交えて説明してくれました。ドータクンは先ほどと違い、何も持っていません。
「アイアントか。いやな、我輩達がやってきた時、タツベイは混乱して倒れていたのだよ。ほれ、そこにイアのみの芯が転がっておるじゃろ」
ドータクンは、頭についてる腕のようなもので示しました。確かに、赤いきのみの芯ようなものが見えます。さらにバンギラスが続けます。
「あれはおそらくフィラのみでしょう。フィラのみは、苦手なポケモンが口にしたら混乱します。そして、タツベイは目を回していた。ここから導かれる結論は……タツベイが食べた。これが真実でしょう」
バンギラスの言葉に、みんなのタツベイを見る目が突如として厳しくなります。そのタイミングで、タツベイが正気を取り戻しました。タツベイは周りの状況に気付き、思わず息を呑みます。
「み、みんなどうしたのさ。そんなに怖い顔して」
怯えるタツベイに、みんなは詰め寄ります。そこに、アイアントがさっと割って入りました。
「ちょっと待ってよみんな、本来ならタツベイはこのきのみを食べるはずがないんだ」
「……それはどういうことだ」
ナッシーが静かに問いかけると、アイアントが説明を始めました。
「このきのみ、みんなはフィラのみだって言うけど、実はドータクンが言うようにイアのみなんだ。フィラのみとイアのみって色が一緒だから間違えちゃったんだね」
「それがどうしたんだ? さすがのツボツボでも理解できないんだぜ」
たべのこしをほおばりながら、ツボツボは首をかしげます。さすがくいしんぼうと言った食い意地です。
「みんな、タツベイがさみしがりな性格なのは知ってるでしょ? さみしがりなポケモンは酸っぱいものが苦手なんだ。で、イアのみは酸っぱい。つまり、タツベイが食べようとするはずはない、というわけ」
「なるほど。ではタツベイは……フィラのみだと勘違いして食べたのですか。しかし、あまり感心しませんね」
バンギラスはタツベイをとがめました。タツベイはしょんぼりしながら謝ります。
「うう、ごめんなさい」
「……うむ、謝ったならそれで良し。だが、まだ気になることがあるな」
ナッシーはこう言いながら、首をひねります。頭の1つが落ちてタマタマになりますが、気にならない様子です。
「結局、最初にイアのみを食べた不届き者は誰なのだ?」
「あっ、確かに!」
「そう言えばそうだな」
「一理ある見方ですね」
「ぼ、僕より先に食べたポケモンか……」
「さすがナッシー、良い発想なんだぜ」
順にアイアント、ドータクン、バンギラス、タツベイ、ツボツボが何度もうなずきました。ここで、アイアントが1つの提案をします。
「ねえみんな、せっかくだから話してくれないかな? 僕が誘ってからここに来るまでのことをさ」
「……まあ、良いだろう。じゃ、俺から話すぜ」
アイアントの呼びかけに応じ、まずはナッシーが説明を始めました。
「俺は足が遅い。この中ではドータクン、タツベイに次いでトロい。だから到着も遅れるだろうと思っていた。ところが、いきなり周りの景色が歪んで身軽になったんだよ。途中でバンギラスを抜いて着いてみたら、もうタツベイが倒れていた。つまり、私は食べてないのが明らかだ。仮に食べたとしても、きのみが2個ないといけないはずだよ」
ナッシーが話すのを止めると、次にツボツボが口を開きました。
「『さすがツボツボ、なんともないぜ』で評判のツボツボだが、この中では極めて鈍速なんだぜ。ところがナッシーも言った通り、突然速くなりやがった。んで、誰よりも先に着いた。まだその時はイアのみがあったんだぜ。それで、ただ待つのもあれだからたべのこしを口にしていたら、バトルの癖が出て居眠りしちまった。目が覚めたら体が縮んで……じゃなくてみんないたんだぜ。もし俺が食べていたら、芯を抱えたまま寝ているはずなんだぜ」
ツボツボは説明が終わると、また持っているたべのこしにしゃぶりつきました。今度はバンギラスの番です。
「私はこの中ではあまり速くありませんが、こだわりスカーフを持っていました。しかも速さを限界まで鍛えていたので、誰よりも早く着くと思ったのです。ところが急に体が重くなったのです。他のポケモン達は目にも止まらぬ速さで私を追い抜き、結局アイアントの前に到着しました。きのみはかじられてフィラのみと瓜二つだったので、アイアントさんに言われるまで気付きませんでしたね。そして、皆さん既に集まっていたのは間違いありません」
バンギラスは首に巻いたスカーフを示しました。青いスカーフは、バンギラスのお腹と同じ色です。さて4番目に話したのはドータクンです。
「我輩はツボツボより速いものの、タツベイより遅い程度の鈍速。一体どうしてきのみを食べることができようか、いやできない。我輩はだいぶ後にやってきたが、仮に食べることができても我輩は食べないじゃろうな。ちなみに、我輩が着いた時にはすでにイアのみは芯を残すばかりじゃったよ」
ドータクンは手をぶらぶらさせながら話し終えました。さあ、最後はタツベイに聞く番です。
「僕は最初に呼ばれたけど、遅いから早く着けないだろうと思っていたんだ。けど、ふっと身軽になって速く動けた時間があったんだ。途中でものすごく速いポケモンに2回追い抜かれ、着いてみたら居眠りしているツボツボがいたよ。多分追い抜いたのはツボツボだと思う。で、近くには不格好なフィラのみがあったんだ。それでその、一口だけ……」
タツベイは頭をむしりながら、恥ずかしげに言いました。さて、これで全員の話があつまりました。アイアントは腑に落ちない点があるのか、みんなに再び尋ねます。
「うーん。ナッシーにツボツボは急に速く動けるようになったんだよね。何か心当たりはない? 僕もなんだか走りにくかった気がするんだ」
「そうだな。確か、バンギラスは体が重くなったみたいだが……何かあるやもしれんな」
ナッシーはバンギラスの方を向きました。バンギラスは落ち着いて考えます。
「そう、私に限っては動きが鈍くなりました。遅いポケモンが速く、速いポケモンが遅いとは、普通考えられない状態です。これはもしかして、トリックルームが使われたのでは?」
「トリックルーム?」
バンギラスの言葉に、アイアントは聞き覚えがないみたいです。そこでツボツボがこう教えてくれました。
「トリックルームってのは、しばらく遅いポケモンから先に行動できるようにする技なんだぜ。俺はトリックルーム状態なら最速になれるんだぜ。まあ、素早いアイアントが知らなくても仕方ないんだぜ」
「へえ、そんな技があるんだ。でも、使えるポケモンは限られているはずだよね。この中で使えるのは?」
アイアントが聞くと、ドータクンがすぐに答えました。
「この中でなら、我輩とナッシーしかおらんじゃろうな。主にエスパータイプが覚える技だぞ」
「……ということはつまり、そのどちらかがきのみを……?」
タツベイがぼそっとつぶやきました。この一言で、周囲の緊張感が一段と高まります。大半はバンギラスの特性によるものですが。
「トリックルームを使えたドータクンとナッシーが怪しい、か。ないとは言えないね。じゃあ、2匹には悪いけどもっと詳しく説明してもらえないかな?」
「……もちろん。俺は食べてないからな」
「我輩も構わんよ。食べられるはずがないからの」
ナッシー、ドータクンはそれぞれ強気な発言をしました。ではまず、ナッシーの話です。
「さっきも言ったが、俺が食べたらきのみが2個ないといけない。俺には『しゅうかく』という特性がある。時々、使ったきのみを体から収穫するんだ。今日みたいに晴れた日なら必ず収穫できる。俺は酸っぱいきのみが苦手というわけではないが……もし食べていたらあるはずだ、もう1つのイアのみがな」
ナッシーは一礼をすると、そっと後ろに下がりました。次はドータクンの番です。
「まず、こんな口調だが我輩はおっとりした性格だ。この性格は渋い味を好み酸っぱい味を嫌う。もちろん我輩も例外ではなく、イアのみなんて食べた日にはまともに動けんよ。しかもほれ、我輩は見ての通り手ぶらの丸腰だ。どこに怪しいところがある? 我輩よりむしろ、酸っぱい味を好むずぶとい性格やのんきなポケモンの方が食べる可能性が高いだろうな」
ドータクンはそう言うと、腕や胴体を揺らして丸腰であることをアピールしました。
「ずぶといやのんきなって、ツボツボとナッシーのこと?」
「そうだ。特にツボツボは、特性が示すようにくいしんぼう。食べたとしても違和感はなかろう」
「……おいドータクン、俺はそこまで欲張りじゃないんだぜ。進化だってしねえし回復技も覚えない。一見覚えそうな『たくわえる』だって我慢してるんだぜ。それに比べりゃきのみを我慢するくらい造作もないんだぜ」
ツボツボはたべのこしをほおばりながら、ドータクンの推理に異を唱えます。……くいしんぼうなのは本当のようです。
さて、そんな中、アイアントは手をポンと叩いてうなずきました。そして、みんなをなだめます。
「みんな、冷静になってよ。今のでわかったんだ、誰が食べたか」
「ほ、本当?」
「随分早いですね」
「さすがアイアントだ、足だけでなく頭の回転も早いぜ」
「では、聞かせてくれないか」
「まあ、大体予想はできてるけどな」
アイアントのひらめきに、周囲は注目します。タツベイは息を呑み、バンギラスは感心し、ツボツボは拍手をしました。一方ナッシーとドータクンは、早く聞かせてくれと急かします。アイアントはそれに応え、口を開きました。
「……まず、ツボツボはきのみを食べるはずがない。いくら酸っぱい味が好きでくいしんぼうだとしても、たべのこしがあるじゃないか。それに、みんなどちらかは見たんでしょ? 食べられる前のイアのみか寝ているツボツボのどちらかを」
アイアントが確認します。誰も否定しようとはしません。アイアントは続けます。
「決まりだね、ツボツボは食べてない。そして、バンギラスが食べたはずもない。トリックルームについてはみんなが言ってることだから、一番速いバンギラスが最後に着いたのは本当だと思う。それに、もし最初に着いていても、特性の『きんちょうかん』で誰もきのみを食べられないから、タツベイが食べたことと矛盾する!」
アイアントはどんどん証明をしていきます。残るはドータクンとナッシーです。
「……さらに、ナッシーの話にはいささかの矛盾もない。特性についても、到着するのがタツベイより遅くなるのも間違いないよ。ナッシーはタツベイより速いから、トリックルーム状態ならそれが逆転して当然だ。つまり、きのみを食べたのは……」
アイアントは右手のつめとぎをすると、一直線にあるポケモンを示しました。周囲はそれを見守ります。
「ドータクン、君しかいない!」
「……おいおい、よりによって我輩か。そこまで言うからには、理由はあるのだろうな?」
「うん。まず、トリックルームを使えるポケモンであること。また、この中ではツボツボの次に遅い。つまり、トリックルームを使えばツボツボの後にたどり着くことができる」
アイアントが一息つくと、今度はドータクンの反撃が始まりました。
「それで終わりか? しかしなアイアントよ、我輩の性格を忘れたわけではあるまい。我輩はおっとりしており、酸っぱい味は苦手なんじゃ。もし食べていたとしたら、我輩は混乱しておるはず。じゃが我輩は手ぶら、怪しむべき点など存在せんよ」
「……そう、確かにドータクンは今何も手に持ってない。けど、それこそがドータクンの行動を証明するんだ!」
アイアントはこのように叫ぶと、不意にドータクンの手を指差しました。ドータクンには意図がよくわからないようです。アイアントは続けます。
「ドータクン、僕と会った時はラムのみを持ってたよね? それが今は手ぶら。これは、イアのみを食べて混乱したのを治すのに使ったと見るのが自然だ。ラムのみは状態異常だけでなく、混乱にも効くからね」
ここまでアイアントは押しに押します。アイアントは辺りをくるくる回りながらドータクンの顔を眺めました。しかし、振り向けばそこにはドヤ顔が。
「……甘いぞアイアント。もう一度言うが、あの説明だけではツボツボが食べてないと証明したことにはならないのだ。それを証明できん限り、我輩の行動を確定することなどできんわ!」
「……そういうことか。もちろん、説明するよ。だけどその前に質問を。ドータクン、君は自分が最初に来てないことを認めるね?」
「あ、ああ。少なくとも我輩はツボツボの後にここへ来たぞ」
「ありがとう、それだけ聞ければ十分だ」
アイアントは不適な笑みを浮かべました。その様子にドータクンはもちろん、タツベイ達も固唾を呑みます。
「ドータクン。君は、僕がここに到着した時にこう言ったよね。『アイアントか。いやな、我輩達がやってきた時、タツベイは混乱して倒れていたのだよ。ほれ、そこにイアのみの芯が転がっておるじゃろ』って」
「それがどうした?」
「君は確かにきのみの芯を『イアのみ』と言っていた。他のポケモンはみんな『フィラのみ』と勘違いしていたのにだよ。しかも、ツボツボが来た時にはまだイアのみがあった。そして、君はツボツボより後に来た。これらが示しているんだ、ツボツボの次にやってきたドータクンがきのみを食べたことを!」
お腹の底から声を張り上げたアイアントは、ドータクンを見つめました。ドータクンは後ずさりをします。しばらくだんまりを続けた後、声を漏らします。
「む、むむむ……」
「やぁらぁれぇたぁああああああ!」
なんと! 自らのやったことを認めたドータクンは、勢い余って爆発してしまうのでありました。
「……我輩はきのみがあることを知ると、早く行って食べようとトリックルームを使った。ツボツボには追い付けなかったものの、幸い寝ていたのでな。いてもたってもいられなくなり、種類も確かめずに食べてラムのみを使うはめになったわい。それから我輩は、茂みに隠れて様子を見ることにした。そしたらタツベイが間違えて食べたということだな。正直、すまんかった」
ドータクンは洗いざらいに話しました。そして、浮いたまま頭を下げました。
「いや、謝ってくれればそれでいいよ」
「……だな。罪を憎んでポケモンを憎まず、だ」
「さすがナッシー、言うことがかっこいいんだぜ」
「でも、きのみはどうしますか? さすがに芯をみんなで分けるのはちょっと、ね……」
アイアント、ナッシー、ツボツボが朗らかな表情をしている中、バンギラスが肝心な点を突きました。みんなすっかり忘れていたのか、首をひねるばかりです。が、タツベイが辺りを見回して驚きました。
「あっ、いつの間にかきのみがたくさん落ちてる!」
「本当だ! もしかしてさっきドータクンが爆発したからかな?」
アイアントが木々を見渡しました。これらにはいくつかきのみがなっています。おそらく、先ほどの爆発の衝撃で落ちたのでしょう。オレンにラブタ、ウブなど、多種多様なきのみが食べてくれと言わんばかりに香りを放ちます。周囲に漂う香りの正体はこのことだったのでした。
「……これだけあれば、イアのみくらい気にすることはないさ。じゃあみんな、食べよう!」
アイアントがみんなを促すと、一斉にきのみに群がるのでした。終わり良ければ全て良し、ですね。