・使用フレーズ【その声はまるで泣いているような」
いつから、幼稚園児たちがうらやましくなったんだろう。
それが気になりだしたのはいつだったのか。
エンペルトの次にウルガモスの雌が来た時だったか、それともゲンガーが来た時だったか。
他に預けられているポケモンを見て、テレビを見て「魅力」「個体」を研究して、同じ日を繰り返した。
なぜがブオンと世界が途切れて、またタマゴを作るところから始まる。
ああ、また世界が続きから始まってしまったと諦めて、自分たちはタマゴを作る。
自分は毎日柵の向こうの子供たちを見ていた。
あんなに小さいのに、体で叫ぶみたいにして泣く。引き離していいものなのかはらはらして見ていた。
弱そうだ、親から引き離したら生きていけないんじゃないか。
そしたら育て屋のばあさんが、あれは保育園と言う施設で、
子供が上手に大人になるための施設なんだ、と教えてくれた。
春に来た一番ちいさいのたちは、
夏ごろにはすっかり慣れて、転んだり遊んだりちょこっと泣いたりしていた。かわいいなと思った。
育て屋のばあさんも、にこにこして子供連れと話してた。
「子供がこのくらいだと、腰がね」と、お母さんたちと腰痛トークをしている。
毎日タマゴを産んでまたやりなおして、やりなおして、
また別の小さい子たちがやってきて、いちばん大きい子たちが出ていく。あの子たちはどこへ行くのかな。
「メタモンはレベル100ですよ」
「要らないです」
自分のトレーナーは自分のことが必要だから、すぐに後悔するような気もした。
でも、エンペルトやウルガモスはすぐに引き取っていたのに、と考え出した。
「どう考えてもトレーナーには今の自分は要らない」と言うことに茫然自失だった。
体の奥から、黒い残酷な感情が湧き出てくる。自分の感情に震える。体温が下がる。
「消えろ」
柵の向こうの幼稚園児たちに向かって言う。
「消えろ」
それでもにこにこしながら、幼稚園児たちは帰っていく。ポケモンが鳴いた。
もう夕方だった。
じっと、この不快な事実がふつふつと意識の表面に浮き上がって来そうで怖かった。
ただ何をしても頭からはがれない。
自分自身に「不要」と書いてある。「おまえはいらない」「おまえはいらない」
「おまえはいらない」「おまえはいらない」と、囁かれている。
うすら寒い。
育て屋で預かったポケモンたちの寝床の隅で、昼間はじっと藁の奥に隠れて夜を待ち、
夜はじっと藁の奥に隠れて夜を待つ。たまに育て屋のじいさんが、藁の一部を新しくする。
ここにはいつまで居ていいんだろう。いつになったら、ここからも追い出されるんだろうか。
そう思って数か月が経つ。雨の降る底冷えのする夜に、自分の日常は突然終わる。
育て屋にじいさんにボールに戻される。洗い場で体をあらわれ、てんこ盛りのエサを出される。
いつ出て行けばいいのかをどう聞いたら失礼でなないかを考えていた。
じいさんもいい年してもじもじしてないで、早く言ってくれ。消えるから。
「あのな、お前さん」
その声はまるで泣いているようなか細さで、思わずじいさんを見た。
じいさんはなんだか小さく、毎日見ているのに分からないことにも驚いた。
いいよ、どこかに行くから。ドアに向かおうとしたとこと、じいさんに止められる。
最後まで食え、聞きながらでいいから、と止められて、自分はじいさんの話の内容を誤解してるかもと思う。
「ばあさんとわしの孫に、5歳の女の子がいる」
「その子はうまれつき左脚が無い」
「トレーナーに捨てられたお前さんでも、“へんしん”はまだまだ捨てたもんじゃない」
「だから、サユの左脚として、生活してみる気はないか」
「正直に話すと、ばあさんはサユの看病で半年、シンオウから帰って来れてない」
「もしお前さんさえよければ、俺のポケモンになって、サユを支えてくれないか」
俺はいま、ミオシティの小さい港で、じいさんとストーブを囲んでいる。
もうすぐ迎えが来る。
じいさんの話が頭の中でぼんやりと光っている。
、
イッシュから車と電車と飛行機を乗り継いでやってくるあいだ、ずっと、
レベルが100まで上がる間、ずっと誰にも言えなかった言葉を言おうとしていた。
「私に名前をつけてください、トレーナー」